「知っていますか?」
今日も、彼女は意味深に声をかけてくる。

幾星霜

先週のだるさは1日くらいで収まったのだけど、なにぶん休講挟んだせいで一週間もがっこういってなくて調子崩して、金曜日も家から出られず。おまけに先週あちこちでかけて歩きまくったせいか、左足のアキレス腱を痛める始末・・・とほほ。歩くのにも支障が出たので一応医者行ったところ、「あまり歩かないほうがいいよ」とのこと。体調崩したあとはゆっくり外に出始めて学校に行けるよう持ってくためのリハビリするのに、歩くなと来たか。結果、外出る意欲が沸かなくなり無気力状態で今週は過ごしてました。かといってじゃあどうすればよかったのやら。

 

毎日毎日、たくさんのことに悩んで苦しんで、この先どうなるのかも分からない。誰かが完全に病気とか感情のあれこれを分かち合うこともできないし、孤独の中に絶望しか見いだせない時もままある。それでも最近は、逆にこういう状態だからこそ、色々な物事を他の人と比べて一歩引いた目で見ることができていると感じる。そんなだいそれたことができるようになったわけじゃないけど、唯一将来に希望を見いだせるとしたら、こんな能力(?)を身につけられたことかな。

具体的に例えるなら・・・そうだな、例えば今年の就活生の大半はみんな私と同い年なわけで、ニュース見てると自分の劣等感に苛まれることもあるけど、みんな同じようなスーツを着せられて、ちょっとでも「有名な」とか「優良な」、マジョリティが「良い」と言っている企業に入ることがまるで人生において絶対的な正解であるかのようにいるのを見ると、本当にそうなのだろうか思う。確かにそれが「良いこと」である以上、間違いではないと思うけど、折角の一度きりの人生、目の前に敷かれた誰か他人が敷いたレールから外れないよう必死にしがみつく間に、多くの事を見逃したり失っているんじゃないだろうか。それは生きる楽しさだったり、意味だったり、色々だと思うけど。少なくとも私は、幾星霜の時が経った時、「あの時こうしておけばよかった」と思う事のないように、これから生きていければいいと思う。なんか大仰な文章になってしまったけど、最近感じることはこんな感じ。

 

ちなみに私にとっての「楽しさ」は、最近は動物を前にファインダーを覗いた時に得られることが多い。多摩動物公園の年間パスも買ってしまったのだけど、この話はまた後日。

 

 

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